thは、一枚の紙を私に見せた。いろいろな感情の名称が書いてあった。自分が感じていて、ここでとりあげたいと思う感情を選ぶようにといわれた。
 私は、「束縛感」を選んだ。
 午前中は、過去生退行ではなく、現世の中についての催眠を行うということだった。
 香りの良い水を手首に塗るように言われ、私はすっかりおとなしくなり、催眠にかけられていった。

 (以下、会話の形で書いているが、そもそも大幅に分量を削ったものである、ということを申し上げておく。)

 th「『束縛感』は、感覚で言えばどういう感じですか。」
 森「堅くなる感じです。黒いです。」
 th「その感覚は、いつ頃入ってきたみたいですか」。thはそういう言い方をした。wellnessを妨げるような感覚は、その人本来の持ち物ではなくて、外部から憑依して入ってきた場合もあると考えているようだった。
 森「‥産まれる時です。」やたら咳が出た。
 それはその時思い出したことではなく、普段から私の記憶の中にあることだった。
 熱くて、息が苦しく、死にそうで、母を恨んだ。
 th「おかあさんはどうしてる?」
 森「自分が苦しいということでいっぱいです。」母は、私がどう感じているか知る由もないのだから、仕方が無い。
 孤独に耐えかねて、私が呼んだから、黒いものがパートナーとして私の中に入ってきた。そういう流れだった。
 
 thは、産まれる一週間前の時点に行きましょう、と事も無げに言った。私にとってはじめて、「産まれる以前」へ行く催眠だ。
 th「どんな感じがしますか」
 森「‥すでに孤独、という感じです。」縮こまっていた。
 th「お母さんは健康ですか?壁に手を当ててみて」
 森「ああこうすれば孤独ではなかったのですね‥。お母さんは健康です。」
 th「そこに居ていい、という感じがしないの?」
 森「借りてます。」
 母は、私を産むということを想定していなかったけど、私が入ってきた。入ってしまったものは仕方がないから、人間としての博愛の気持ちで、私を置いてくれている。そんな感じがした。
 私は、借りてまでこの世に来たいという意志が自分にあったことを強く感じた。

 私はこれで十分のように思ったが、thは、催眠で「やり直す」ということを想定しているようだった。私の肩に手を回し、抱きしめて、「友子が産まれてくるのを待ってるよ」という意味のことを、言葉を替えながら繰り返した。

 thは、もう一度、産まれて来る場面に行こうと言った。
 母、父に、「あいさつをしてごらん」と、促された。
 産まれてすぐの私が、それぞれの親の前にいった。特に父は、相好を崩して、喜んでいた。
 見ず知らずの者同士が親子の関係になったとしても、会ってすぐ、こんなふうにあいさつできれば、最初の一瞬のうちに、強い親子になれたのかもしれないな。と思った。
 実際の私は、産まれてすぐに保育器に入れられたと聞いている。

 黒いものはもう必要ない、ということで、手放して、セッションが終わった。

**********************

 終わって、私は、「今のセッションは、フォーカシングでしたよね?」と言った。感情をからだの感じに置き換えて、いろいろな角度から感じて描写していき、最後には手放したほうがよいという考え方は、(森川が専門としている)フォーカシングのうち、クリアリング・ア・スペースという技法に似ていた。
 「自分で考えたよ?」。とthは言った。
 フォーカシングは、通常のカウンセリングと、催眠の中間の覚醒水準で行うものなので、thが、過去生退行催眠の前準備的なセッションにフォーカシング的なものを発想して持ってきたのは、自然な流れかもしれない。
 「(フォーカシング創始者の)ジェンドリンより前だったら、本が書けたのにですね」と私は言った。

 thは、私がまだ体験に入りきれていないようだった、という意味のことを言った。
 私は、もともと頭でも考えるほうだから、それはそうだろうな、と思った。
 もう一つ、thはこんなことを言った。
 th「『お母さんのお腹を借りてる』って言う人は、滅多にいないよ。700人以上のうちで10人もいたかなあ。」
 森「え、みんな借りるんじゃないですか?」
 th「違うよ。産まれる前から、お互いに親子になるって、約束して産まれてくるんだよ。」
 森「え、じゃ、私は約束なしで来たってやつ‥」。私は、母は特段博愛主義には見えないのに、そんな私を許してくれたんだな、と感謝した。
 th「だから、産まれる前にもっとお互いに話してるものなんだよ。」スピリチュアリティの世界では、そういう話になっているらしい。「『借りてます』って言う人はね、過去生退行したら、地球の人じゃないってことが多いよ。だから、自分のからだとかすべてに違和感がある、とかね。まあ、あんまり先入観を持たせたらいけないけど、次(の催眠)が楽しみではあるね。」

 私は、自分の身体に居心地の悪さは無いが、それこそハグのようなものを含めての、人間関係全般について、どうしていいか分からないというような手探り感はあるな、と思った。

 居間で、thと二人で昼食を食べ、やがて、午後のセッションの時間になった。



☆ 催眠療法体験記(3) 序

☆ 催眠療法体験記(3) 主訴

☆ 催眠療法体験記(3) #1

☆ 催眠療法体験記(3) #2−1

☆ 催眠療法体験記(3) #2−2

☆ 催眠療法体験記(3) その後

☆ 催眠療法体験記(3) #3

☆ 催眠療法体験記(3) #4−1

☆ 催眠療法体験記(3) #4−2

☆ 催眠療法体験記(3) 結




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