卒業生へ贈る言葉

(私が大学卒業時にお世話になった教官から頂いた手紙をベースに執筆しました。)

 皆さんは非常に困難な時代に人生の始まりを迎えています。私が始まりを迎えた頃はバブルといわれ、どんなに弱い泳ぎ手でも成功にまで押し上げてくれるような満潮の時代でした。しかし、バブルがはじけて引潮になったとたん、大手銀行までもが倒産するという恐ろしい時代が始まりました。皆さんは、はじめから荒れた海を波に逆らって泳ぐことになります。辛いことだと思います。最初のうちは息が切れるかもしれません。とても目標とする岸にたどり着けないと思うかもしれません。しかし、安心してください。皆さんの時代の前にも、同じように高い波に出くわした人々がいましたが、波にのまれたりはしませんでした。腕をふるい、勇気を出せば次の凪まで持ちこたえることができます。原爆、敗戦という日本国存亡の危機にさらされながら、世界第2位のGDP(現在は第3位)にまで復興した日本の国力は、東日本大震災という未曾有の危機もきっと乗り越えることができるでしょう。復興への原動力は若くてエネルギー溢れる皆さんであることを心に留めて下さい。
  皆さんが勝った時も負けた時も、人間のあげる勝負はあくまで部分的で一時的なものであることを忘れてはいけません。この世のことは何一つとして、これですっかり決まってしまうというものはありません。いかなる勝負も遠い未来までを決することはありません。いかなる条約も、国家間の関係や国境を永久に定めたりはしません。いかなる革命も、永遠に幸せな社会を打ち立てることはできません。ひとりの人間、ひとつの世代は、自分の役割を果たした後は怠惰な幸福感の中でまどろむ権利があるなどと考えてはいけません。人生の行程は、夜のとぼりがおりる時にしか終わらないのです。
 あせってはいけません。一瞬にして得た財産や名声は、やはり一瞬にして失うものです。皆さんのためには障害や闘争があったほうが良いと思います。戦うことで皆さんは強くなり、50歳、60歳になった頃には、嵐にたたかれた古い岩山のようにごつごつしたたくましい姿になると思います。敵と戦うことで皆さんの人物が彫刻されるのです。人格者と呼ばれ、勇気もあり、世間の風評など笑い飛ばすような人物になって欲しいと思います。若い間は何事も恐ろしく思えるものです。最初に出くわした障害によって、まるで自尊心までも傷つけられた気がします。人間の意地の悪さにも身がすくむ思いがします。そういった世間の残忍さに対しては、心の中にひとつの避難所を設けてください。自ら顧みてやましいことのない人間にとって、何も恐れるものはありません。迫害も中傷も、人が自分自身の心の奥に隠し持っている信念を、いささかも損ねることはできません。
 恋愛は真剣に考えるべきですが、思いつめてはいけません。思春期には異性の軽薄さや思わせぶりや嘘の言葉や残忍な振る舞いに驚かされることもあると思います。しかし、それはあくまで表面的なものです。あまりになれなれしく近寄ってくる人たちのひしめく列の後で、つつましい魂が優しい心と信頼の言葉を示すのをはにかんでいるのを見つけ出すことが大切です。この人ならと思うひとりの人に対して、心からの忠誠を誓ってください。一見、恋愛上手と呼ばれる人は、一番不幸で、一番不安で、そして一番弱い人間だと思います。
 皆さんに関連する人々全員から好かれる必要はありません。自分が正しいと思うことを私利私欲にとらわれずに行動することが大切です。正しい行いは正しい心を持っている人々からは好まれますが、そうでない人々からは疎まれるでしょう。疎まれることを恐れるあまり、正しい判断を曲げてはなりません。他人にゴマをすって生きるよりは自分の信じる道を進んだほうが精神的に豊かな人生だと思います。家族・友人を大切にしてください。人間は一人では生きていけません。つらい時、苦しい時こそ、自ら心を開くようにしましょう。
 人と比べては不幸になります。社会的地位の高い人や金銭的に恵まれた人に憧れる気持ちは誰にでもあると思います。しかし、その人の人格を見極めなければなりません。例えば、皆さんは地域社会においてボランティア活動に参加し、利害関係のない仲間同士で助け合って生きているとします。一方で、富と権力はありますが、地域社会との交流もなく、皆から疎まれ、虚勢を張る人がいるとします。皆さんはどちらの人生が幸せだと思うでしょうか?会社においても、自分ばかり雑用を押しつけられ、損をしていると思うことがあるでしょう。その時は、雑用は人気の消費税だと考えて下さい。仮に、皆さんが富と権力を手に入れたとしましょう。自分が特別な存在のように感じ、言葉巧みに世を渡っていけると思うかもしれません。確かに、一時的には富と権力に魅せられて人が集まるでしょう。が、皆さんに真摯さが欠けていたなら、潮が引くように人が去ってしまいます。どんなに巧みな言葉より人格の方が雄弁なのです。皆さんは富や権力よりも人格が大切であることに気づくことでしょう。
 忠実かつ堅実な人間になってほしいと思います。物事がうまくいかないときなど、一切を投げ出したい気持ちになり、別の異性や友人とともに別の土地でもう一度人生を始めたらと考えたくなることもあるかもしれません。しかし、そういったうわべの容易さに負けてはなりません。極端なケースとしては、耐えがたい不幸を逃れるために、人生の再出発がどうしても必要だと思われることもあるでしょう。しかし、多くの人にとっては、今あるものを何とかするほうがはるかに良いのです。ともに成長し、ともに闘ってきた人たちに囲まれて、歳をとり、死んでゆくことこそが幸せな人生ではないでしょうか。
  最後に、皆さんは謙譲かつ大胆であってほしいと思います。愛すること、思考すること、働くこと、そういったことはみな難しいことですから、そのうちどれひとつとして、思春期に夢見たようにうまく成し遂げることができないまま、ついにこの世を去るということもあるでしょう。しかしまた、いかにそれらが難しく思えても、不可能でないことは確かです。皆さん以前に、すでに無数の人間の世代が、それらを成し遂げながら人生という二つの暗闇に挟まれたこの狭い光の世界を、何とか横切ってきたのです。何を恐れることがあるでしょうか。人生を舞台に例えれば、短い間の役ですし、観客だって我々と同じく、やがて死ぬべき人間なのです。自分を信じ、拠り所に足る自己を確立し、多くの仲間、愛する家族と一緒に人生を一歩ずつ歩き出しましょう。
 
                卒業、おめでとうございます。  鶴田和寛