住居におけるコミュニケーション空間の計画に関する基礎的研究
− 高度経済成長終焉以降の都市の住生活変容に対応して −

 本研究は、高度経済成長終焉以降の時期の都市住居を対象に、この間の生活変容の下でその不全が強く意識されるようになってきた住居におけるコミュニケーションに焦点をあて、そのための空間の計画に関する基礎的検討を行うことを目的としたものである。
 論文は、序論、本論、結論の三部構成であり、本論部は更に多目的空間としての居間の計画を主題とした第T部と、近年の情報社会化の下でのコミュニケーション空間のあり方を主題とした第U部とに分かれている。序論は五つの章から成り、はじめの三章で研究の意義と視点、背景、目的と方法を論じ、続く二章で本研究に関連する既往研究のレビュー、本論文の構成の説明と特定用語の規定を行った。
 本論第T部の第1章、第2章では各々集合住宅、戸建住宅を対象とした住み方調査及び、本研究の方法上の特徴であるモニター調査に基づいて、居間・リビングルームがだんらん≠ニいう言葉では括りきれない多様な家族生活の場となっていること、しかし他方でそこが主たる接客の場でもあることを指摘し、その多目的な使われ方の実態を明らかにした。更に、そのような多目的空間としての居間を計画する上で配慮すべき諸点についての分析・考察を行った。第3章では現地での文献調査に基づいてイギリスのLiving Roomの起源・成立を調べ、それが本質的に多目的な空間として誕生したことを明らかにした。
 本論第U部では、先ず第1章で複数の住み方調査に基づき、パソコン等の情報関連機器の住居への導入の実態とそれによる新たな家族間コミュニケーション生成の可能性を明らかにし、第2章では住宅雑誌を対象とした文献調査と住み方調査によって、家族共用の学習・情報空間=ファミリィ・スタディの必要性と可能性についての分析・考察を行った。
 結論では本研究の結果を、Living Roomの本源的多目的性、多目的空間としての居間の計画のあり方、ファミリィ・スタディの必要性と可能性という三点にまとめた。
・近代末期の地平から家族と住まいの100年を省みる
 現代を、西欧発の近代500年の歴史の末期ととらえ、その観点から明治以降の我が国の家族と住まいの変化・変容を追った。その今日的帰趨は、家族における高齢化、少子化、個人化と、住居におけるnLDKの一般化とそれへの批判である。しかし、それらをめぐる今日の議論の多くは依然として近代的思考の枠組みから抜け出ておらず、その限界を意識しつつ、ここでは、人間の内的世界、外的世界両面にわたる反自然という事態を批判的に検討し、もう一度自然さを回復するという方向で我々の家族生活、住生活を立て直して いくべきことを説いた。
IndividualとしてのCouple
 今日の家族や社会をめぐる論議の中核の一つとして個人化§_があげられる。個人化は一面では個々人の活動の自由度の増大につながっており、その点では評価できるものであるが、今日の議論の主流は安易にそれを前提としたり、物理的な必然性があるかの如く扱っており、余りに一面的である。ここでは人間の生活構造の原点に立ち戻って、家族と住生活をとらえ直し、食事や就寝やだんらんといった諸行為の場としてだけでなく、個々人の自己確認の場、子どもの自己形成の場としての住居のあり方を検討することも重要であることを指摘した。
・情報関連機器導入に対応した住居の計画に関する研究
 パソコンを始めとする情報関連機器の住居への導入は、更なるプライバタイゼーションの深化と新たなコミュニケーションの生成の両方の可能性を持っている。後者に着目するならば、私室への機器の設置の抑制が重要であり、又、住戸規模等クリアーすべき課題はあるものの、いわばファミリイ・スタディ的な形での専用室化の可能性があることを明らかにした。
・住まいづくりに関する中立的学習活動の可能性について − 住情報という視点から −
 建築ジャーナル誌が主催した、多くの建築家がボランティアで支えた住まいづくりに関する学習会参加者へのアンケート調査を通して、こうした学習活動を維持・発展させる方策を探った。先ず第一に、活動の存在 を伝える宣伝の必要性があり、内容としては間取り・プランニング、構造・材料、価格・見積もり等の経済面という三つを上手く盛り込むことが重要であり、月1回程度の頻度、都心から15分程度で行ける利便性のよい場所での開催が妥当であることを明らかにした。
・情報関連機器の導入が住居・住生活に及ぼす影響に関する研究
 情報社会化の急激な進展に伴い、パソコンを始めとする情報関連機器が住居に導入されるようになって来た。本研究は集合住宅の住み方調査に基づき、これらの機器の導入が住居・住生活にどのような影響を与えているのかを、コミュニケーションとプライバタイゼーションの視点から分析したものである。
・住情報に関する研究
 近代の住まいづくりの特徴の一つは住み手とつくり手の乖離である。この矛盾を止揚する方法として住情報の普及・交流があるが、そのより積極的なものとして、本研究では住み手とつくり手の協同による中立的な学習活動をとりあげ、その維持発展のための方策を検討した。
・「販売社会の実話と構造」への渇望
 「新建築住宅特集」1995年7月号から1997年9月号まで連載された黒沢隆氏の「集合住宅原論の試み」についてコメントする中で、現代計画論の中でのテキストとパフォーマンスの関係、計画と技術の関係について述べ、現代は消費社会≠ニいうよりも販売社会≠ニしてとらえられるべきことを訴えた。
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